『青べかを買った話』本文vol,7/13 山本周五郎著「青べか物語」新潮文庫刊所収
- 2022.11.09 Wednesday
- 22:21
JUGEMテーマ:日本文学
「青べか物語」『青べかを買った話』vol,6/13
山本周五郎著・新潮文庫刊
【 本 文 】
私は縛り上げられ、罠にはまったことを知った。
まだ三分の一ほど残っているビール瓶を、老人の方へ置き直しながら、私は云わなければならない事を云った。
「そうかね」と云うより早く老人は女に向かって喚き立てた。
「コップ」
それから私を見て「タバコの持ち合わせはねえかね」
私が答えると、老人は
「なに、今欲しかねえだよ」
と云った。
釣り船宿の「千本」の長(ちょう)から、私は老人のことを聞いた。
その土地の出来事について、籠屋のおたまと「千本」の長とが、常に抜かりなく情報をくれるのである。
おたまも長も小学校の三年生であった。
老人の名は芳、夫婦っきりで、三本松の裏に住み、「大蝶(だいちょう)」の倉庫番をしている、ということであった。
「大蝶」はその町でいちばん大きく貝の缶詰工場を経営してい、漁師たちの採る貝を沖で買い取るために、大蝶丸という船を持っていた。
私の問いに答えて、長は強く首を振った。
「ううん、そんなこたねえだよ」
と長は云った、
「工場はやかましかんべ、だからみんなえっけえ声になっちまうだ」
えっけえとはもちろん大きなという意味である。
長はなお「芳爺さまは空耳を使う」と云ったが、それはもう私の知っていることであった。
次回に続く。
(●^o^●)
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